プロフィール

はじめまして
このブログを書いています、たくとすと申します。

簡単ながらもまじめに自己紹介をさせていただきます。

 

僕は現在、インターネットを活用したビジネスをしています。
サイト運営やインターネット上で商品の販売などを行っています。

 

元々はただのフリータあがりの使えない会社員でした。
レセコン(電子カルテ等)と呼ばれる医療に特化したパソコンのカスタマイズ等を行っておりました。レセコン業界では大手と呼ばれる会社でしたが、そこを辞めて独立しました。

 

独立をした今はと言いますと、

好きなだけ寝ることができて、好きな時間に起きて、
行きたい時に旅行に行ったり、仕事をしたり、
いままでの人生で、感じたことのない自由を肌で感じながら生きています。

 

簡単に、僕の自己紹介しますと、

・資産6万の超ド貧乏生活からパソコン1台でお金を生み出せるようになる

・ありえないほどの貧乏生活を8年以上も続けていた過去があった

・マイルの累計が100万マイル以上になり、いまも増え続けている

・外注・仕組化構築をし、何もせずに月50万~の利益を生んでくれる

・新しいツールを試したり、ツールを使いこなしたりするのは、趣味の一貫

・好きなときに好きなところに旅行に行ける

・住む場所の選択肢が増え、季節ごとに住みたい場所を探したりしている

・あの頃が楽しかったではなく、いまを楽しんでいる。

・価値観が一緒で切磋琢磨できる経営者の友達ができる

・日々、知識を習得し自分の成長を感じられるのが楽しい

など、こんな感じです。

 

これだけ見ると怪しさがあると思いますが、笑
自分も、実際にこういう世界があることを知るまでは、
中々信じられなかったので、よくわかります。

 

で、実際僕自身がこうして結果を出せたのは、元々才能があったからとか、
頭が良かったからとか、そういうのは全くないです。

 

逆に頭はかなり悪い部類でして、
才能という言葉がまったく似合わない人でした。

 

僕の過去を見渡すと、
目標を立てて何かを成し遂げた記憶がほぼないので、
いまの状態が不思議なくらいです。

 

子供の頃は、あまりに勉強ができなすぎて、
親の期待に押しつぶされそうになったり、

「お前はなんでそんなこともできないんだ!」といつも言われ、
泣かされてきたので、何をするにも自信をもてなかったんです。

 

家の中はといったら、いつも暗い空気が漂ってました。

お金がないせいで、父の機嫌がいつも悪く、よく怒ったりしていたため、
父の機嫌を損なわないようにと、育てられてきました。

 

子供の頃からそういう経験が積み重なっていたため
いつの間にか、自分の意見すら言えなくなっていったんです。

何か意見を言うと怒られるから、だったら黙っておこうと・・・
この子は暗い子だとも思われていたと思います。
だから自分で何かを決めてやりとげるということすら、できなかったんだと思います。

 

また、人とどう仲良くなればいいのか?
どう話せばいいのか?すらわからなくなった時期が非常に長かったです。
いわゆるコミュ障ってやつです。

 

大抵のネットビジネスの発信者さんは、有名大学出身だったりしますが、
僕の場合は、悲しいことにまじで無名中の無名大学でした。。

誇れるものがない・・・笑
(とにかく家を出たい一心だったので、大学はどこでも良かったんです)

 

このように、本当に出来の悪い僕ではありましたが、
ある転機が僕におとづれます。

 

このチャンスを逃したらもっとダメな人生を歩んでしまう・・
このままの貧乏生活は嫌で嫌で、本気で自分は変わりたい!成長したい!
という思いで、必死に食らいついてきました。

 

ビジネスに対して勉強を重ねることで、
ゼロ状態から自分でお金を生み出せるようになったんです。
人生ではじめて何かを成し遂げた感じでした。

 

ビジネスを知れば知るほど、自分自身も成長もでき
さらに進みたい世界へもいけると確信しています。

 

僕が、どうしてブログで情報発信をしているかといいますと

「自分の成長を楽しめる人を増やしたい」 

 

僕が成長してきたことで、世界観が広まってきたように
そういう方をどんどん増やしていきたいです。
人って成長できると、もっと人生が楽しくなるので。

 

過去の思い出も大切ですが、
今日から未来への自分を楽しめるように。
という思いをメッセージとして書き記しました。

 

まずは僕が過去にどんな経験をしてきたのか
そういったものを少しでも共有していけたらと思っています。

小学生のたくとすは、犯人にされました。

正直、小学生の頃はあまりいい思い出はなかった。
友達はそれなりにはいたけど、あまり他の子となじめなかった記憶はある。

 

当時、かなりの天パーだったためか笑、
よく同級生に「くるくるパーマ」って呼ばれてさんざんバカにされた。

大人になったら、天パーがかなり減ってきたけど。

 

小学生の頃の学力は最高にひどかった。
25点とか32点とか・・・しょっちゅうでした。
ダントツでバカだったんだと思う。

 

テスト用紙を父に見せるのが怖くて怖くて

見せるたび罵倒が飛んできたし、
いつも「期待」というプレッシャーをかけられてた。
生きてるのもあまり楽しくなかった時期だったかもしれない。

 

また、小学生の頃に大きなトラウマとなる体験もしてしまった。
小2のころ、仲良くしていた同級生が「僕を犯人にしたてた」事件がおきた。

 

掃除中に、僕が水を組んで戻ってきたら、女の子が顔にケガをしていた。

気づいたら、
友達が「僕がホウキでケガをさせたのを見たと」先生に言って、僕は完全に犯人扱いされた。あまりに衝撃的すぎて、そのあとの記憶はかすかしかない。。

 

さっきも言ったように、その頃の僕は親の圧力が強すぎて
言い返すことがあまりできない性格だったから、
人間不審になったりして、コミュ障は加速していった。

 

自分が満たされる居場所はありませんでした。

中学生 荒れ果てた中学校と大きなコンプレックス

僕は小学生にして、コンプレックスが形成されていた。
そして中学校に進みます。

 

中学校を一言で言うと、ヤンキー映画並の学校でした。

 

中学に入った瞬間から、
縦社会という上下関係が作られます。

僕がいた中学は、荒れに荒れまくっていたので、
いまじゃ考えられないけど、

 

授業中なのに物が飛び交ったり、
ジュースの缶が転がっていたり、
廊下でケンカをはじめる生徒がいたり、

 

先生のことを脅しているヤンキーとかいたり、
近くの高校生をカツアゲするヤンキーがいたり
まじで恐怖そのものでした笑

 

目立つとすぐにヤンキーに、目をつけられるんで、
目立たないように、静かにひっそりと学校生活を過ごしていました。

 

でも、そういう自信のなさを感じ取るヤンキーは、
そんな僕を標的にしたこともあり、胸ぐらをつかんできて、
殴ってきたり、お金を要求したりすることもありました。

 

本当に悔しかった。
言い返すこともできず、
立ち向かうこともできず、

日々悔しい思いばかりをしているだけで、
何も変わることもできなかったです。

辛かったです。

 

家でも居場所がなく、学校でもひっそりとした生活

ますます性格の暗さは増して、
明るくしている周りの同級生がうらやましかったです。

 

自分も変われるもんなら変わりたいと、心では思っていても、
無気力な僕は何一つ為す術がなかった
んです。

 

そこで、新たにという気持ちで
誰も知っている人がいない高校への進学を決めたのでしたが、

 

そこで大きな裏切りが待ち受けていたとはつい知らず。

高校生 貧乏が導いた親の裏切りと友達とのギャップ

僕は小さい頃から、親の言うことを守ってきて、
親の「こういう道に進んでほしい」という思いがすごく強かったんです。

 

家にお金がないからこそ、
「いい大学に行って、いい会社に入って」欲しかった
んだと思います。

親から強烈なプレッシャーがあって、
「自分」というものを見失っていたんです。

 

だから、中学生の頃に聞いた音楽に感化され
いつの間にか音楽をやってみたいなとは思ってたんですね。

高校受験で親と約束が交わされます。
高校に受かったらギターを買ってくれるという約束でした。

 

実際に合格したので、さっそく欲しいものを伝えたんです。

エレキギターが欲しいと。そして、バンドもやりたいと。

 

なぜそれが欲しいのか?とか
生まれてはじめて自分の意見を言ってみたんです。
すごく怖かった!声を震わせながら、頑張って言ってみた。

 

次に返ってきた言葉は罵声の嵐だった。
そのときのことはなるべく今でも思い出したくないし、
完全に感情が崩壊した瞬間でした。

 

代わりに僕の手元にきたのはアコギってやつでした。
しかも条件付きで、バンドはやるな!という条件。

 

感情崩壊した上、親の事も信じられなくなった。

 

僕の家庭は、お金がない家庭だったため、
友達の家に行ったり、友達の話を聞いたりして、

 

自分の家庭環境と友達の環境に大きな溝を感じていた。

 

言葉に出して言えなかったけど、
「羨ましかった」
「お金にも困らず、毎日楽しそうにしている友達が輝いて見えた」

それが僕の高校時代。

 

親の裏切りと他の家庭環境とのギャップを抱え、
生きるために僕は家を出た。

 

このまま家にいたら、さらにプレッシャーに押しつぶされ、
自分がどこかにいってしまうと思った。

 

だからなんとしてでも、生きなければいけないと思い、
いまとなっては親に申し訳ないと思うが、

どこでもいいから関東の大学へ進学させてもらった。
逃げ出したかった、生きるために。

 

ここまで、うちの親を厳しくさせたのは、
すべて貧乏な家庭環境だったのです。

無気力だった大学時代、そして新しい道

音楽がやりたいってのは、逃げる口実だったのかもしれない。
実際、大学に行ってあまり音楽をやらなかった。
多少はやったけど、

 

親から開放された自分がそこにいて、
コミュ障の自分もまだ残っていて、

大学生活は友達の家にたまって遊んだり、
とかしながらそれなりに楽しんでいた。

 

でもね、いつもお金がなかった。。
友達は好きなものをいつも買っているのに、
自分はいつも貧乏だった。

 

だいたい大学卒業したら、就職するけど。
僕は地元に帰りたくなかった。

心を入れ直し音楽に向き合おうと思い、音楽をやると言いきり、
フリータ生活をしながら音楽活動をはじめた。

 

いま思えば、すごく無謀で無知だったと思う。

たまに実家に帰ると、毎回親父の罵声が飛び交う。

「年々就職に不利になるぞ!」とか
「俺が採用するなら、年齢上の人よりも若い人を採用する」とか

そんな感じで、実家は最悪だった。

 

自分の居場所がまだなかったんだよね。

 

悔しいけど、音楽だけで食べていくのってすごく大変だった。
メジャーのバンドも手伝っていたこともあるけど、ギャラがすごく安かったり、
ライブをしても、大してお金が入ってこなかった。

 

僕も含め、一緒にやっていたメンバーも
ビジネスのことをまったく知らない素人で、
バカで搾取の対象だった
んだと思う。

 

いつもお金はカツカツで、
スタジオ代も毎月かかるし、
楽器も買うお金がないから

 

ローンを組んでは買って、
またローンを組んでの繰り返し。。
しまいにはキャッシングまで手を出したり。

 

お金はなかったけど、自分で決めて動いているから、
生きてるっていう感覚は少し感じていた。
いままで親のしいたレールを生きてきたから、

面白みのない人生だった。

 

ちなみに、「お金がない」レベルの話をすると。
いろんなエピソードはある、これはほんの一部です。

・お金がなくて2週間以上白いご飯だけで過ごしたとか。

・風呂の水道をひねってもお湯でない家で生活していたとか
(21世紀という時代なのに、自分で着火しないとお湯がでない風呂だった)

・住民税も払えず、気づいたら延滞料金だけで5万も請求きたとか
(結局、分割で払い終えました。。)

・電気がいきなり夜中に止められるとか、しょっちゅう
Etc..

てな感じで、貧乏真っ只中でした。

 

このあと、音楽で芽が出て、僕の人生変わりました!
って言いたいところだけど、人生そう上手くいかず。

人生はじめての就職で体験した、ありえないブラックな世界

結局、30歳に近づいた頃、音楽をやめて、
人生ではじめて就職をしてみた。

それが人生ではじめての就職です。
世間一般的にみて。すげー遅いと思う笑

 

会社は、かなりのブラック企業だった。
どれだけブラックかと言うと、

 

・上司が怒りだすと、夜中2時過ぎまで説教され、その部署は家に帰れず会社に寝泊まりとなったり

・昼休みに昼寝していたら、お湯をかけられたり

・朝から、上司が部下を攻め立てる、ひどいとビンタが飛んでくる

・新入社員が入社して来るけど、毎月1か2人は失踪する

・会社の飲みで、カラオケ中に踊っていないと、上司に罵倒され、ぶん殴られる

・うつになって、出社しなくなった人が結構いる

 

簡単にいうと、
会社だったけど、ヤンキーが集まった集団ってな感じで
かなりの体育会系で、パワハラの塊って感じでした。

 

僕は、この会社で学べたことってなかったかもしれない。

精神状態がかなりやられていて、おそらく半分うつだったかもしれない。
それが僕の人生はじめての会社だった。

 

僕はあとさき考えず、3ヶ月でその会社から逃げ出した。
そのあとに残ったのは不安の塊だった。

 

自分はどうやって生きていけばいいか!?
なんとかして、自分で稼ぎたいと思い模索していた。

でも結局変わるか変わらないかは自分次第だし。
そのころあまりにもお金がなかった。

情弱がゆえに失敗、ネットビジネスとの出会い

僕は、転職活動しながら、
週5くらい朝から晩まで本屋にたたずんでいた。

 

これ普通に考えてやばいレベルだと思います。
でもお金ないし、不安だし、どうすればいいかわからなかった。
だから本を読んで、何か変われるかなという思いで、本屋に入り浸っていた。

 

本も買う金も、その当時なかったからね。
お昼は某ハンバーガーショップでハンバーガー1個だけ注文して、あとは水くださいって感じ。プライドも何もあったもんじゃない。

 

ハンバーガー食べたら、また本屋に行く。

で、ひたすら興味が湧いた本を読んでいく。
気になったことは携帯にメモる。
ってのを繰り返していった。

 

その頃、何を思ったのか
お金になるものを生み出そうと、僕は考えた。
上手い下手は別として、元々イラストなど書いたりするのが、好きだった。

単純にそんな理由からイラスト作成がはじまった。

 

そんな安易な考えのまま。
画用紙なんか買ってきて、
時間をかけて、イラスト書いた。

 

そのイラストを売ることでお金にしちゃえと。
恥ずかしいけど、僕は単純な思考だったのだ。

 

さっそく書いたイラストを、イラスト売買サイトへアップをして
販売を開始してみた。

そこまでは充実感いっぱいだった。

 

次の日サイトをチェックする。
売れてない。。

いやいやもう少し待とう!

わかる人にはわかってくれるはず・・
という変な希望を抱いていて待っていた。

 

しかし結局、売れることはなく

僕のはじめてのビジネスは終わった。
ビジネスと言って良いのか微妙なとこではあるが、

 

そのため、実際に稼いだ金額はゼロだった。
何時間もかけた作業がパーになった。

時間だけが過ぎ去っていったのだ。。

 

この頃なぜ売れないのか?
まったく理解できなかった。
時間をかけて頑張ったのに、、と悔しい思いでした。

そこから、自分で稼げるようになりたいと
本気で思うようになり、調べまくりました。

 

そこで、
ネットビジネスに出会ったんです。

この世界を知って、度肝を抜かれました。

 

普通のサラリーマンじゃ到底、稼げない額を稼いでいた人達がいたんです。
月収100万を超えている人がかなりいる異世界でして、大きな衝撃を受けました。

当時の僕は、はじめは信じられなかったんです。
でも、自分を振り返った時につきまとっていた悩みの一つは、

「いつもお金がない」ということでした。

 

だからこそ、
いつしか彼らのようになりたいと思うようになりました。

奇跡的に2社目に就職、手が震えて体調悪化しても、ビジネスを学びたかった。

本屋通いをしながら、転職先を探していた頃
運良く2社目に就職が決まったんです。

病院などで使う電子カルテ等のパソコンを扱っている会社でした。

 

こんな何も取り柄もない、経歴もゼロの僕を採用してもらったので
なんとかがんばろうと!という気持ちでいっぱいでした。

 

フタを開けてみたら、
またしてもこの会社は、ブラックよりな会社でした。。
(暴力などはなかったのが、唯一の救いでした)

正直激務の連続でして、朝早くから夜遅くまで仕事で。
休みもあったり、なかったり・・休日出勤も。

 

驚いたのが、職場に電話サポート窓口(トラブル対応などの窓口)があるんですが、
電話が鳴っているのに、誰一人出ようとしない。。
それが入社時かなり不思議でした。

やっと数コールして、嫌々電話に先輩がでたりしている様子を見て、僕の中で嫌な予感がありました。

それがのちに自分にふりかかるとは、、

 

入社後、医療系の知識を習得しながら仕事するのですが、
いきなり5日目くらいにして、顧客のサポート窓口の対応をさせられることに。

案の定、電話が鳴っても誰も取る気配はなく、僕が受話器を取る。
で、お客さんの要件をメモりながら、わかることは答える。

 

わからないときが、めちゃくちゃやばかった。
相手は病院なので、トラブルが発生していて早急に解決をしたい場合がほとんどなんです。

流れとして、お客さんの要望を聞き、一旦自分で調べ、
わからないところを先輩へ聞きに行くというスタイルで仕事していました。

 

実際、先輩に状況説明をしても、
「それは、自分で調べて!」と嫌な顔されて流されるのが、ほとんどで。

 

無知識の僕は、会社のマニュアルを調べるが、
あきらかに5年前のものしかなく、ほぼ使えない状態。。
「これ調べようがなくね??」と心の声が叫んだり叫ばなかったり。

 

そして、また先輩に聞きに行くという繰り返しで、
お客に罵倒されることも多々ありました。そんな状況の連続でしたね。

 

そんな仕事を日々なんとかこなしつつ、
パソコンのプログラム部分のカスタマイズという仕事もしつつ。
毎日、葛藤との連続だったのを覚えています。

 

体・精神ともにかなり疲弊はしていました。
僕は、ため息をあまりつかないほうなんですが、
気づいたら、ため息ばかりでしたね。

 

そんな僕には、小さいながら希望があったんです。
給与をもらったら、学びに投資をして、
どんどんビジネスのことを学んでいる時期
でした。

 

この頃、生まれてはじめて、
自分自身でお金を稼ぐことができたという小さい希望がありました。

 

はじめてやったのは、物販です。
海外から商品を買って、国内で売るというものだった、しかもパソコン1つで。
本業はかなり辛かったけど、副業が楽しくて楽しくて自宅では、それに没頭していたんです。

 

それがいまの自分を作り上げたといっても過言ではないです。

 

この頃は、手取り16万ほどで貧乏でしたが、
夜遅くまで、会社で仕事をして、飲みや遊びのつきあいも一切断り
すぐに家に帰り作業をしていました。

 

平均睡眠3時間だったと思います。

元々、睡眠不足だと脳が働かない体質でしたが、
無理やり体を起こして、体に悪いのを承知でエナジードリンクばかり飲んでいました。笑

 

たまに体が異常をきたして

・手が震えたり
・急激に体が熱っぽくなったり
・呼吸が急に荒くなったり
・自分の体臭が臭く感じたり

かなり体に無理をさせていて、
不健康な生活を送っていたと思います。

 

辛かったけど、学んで、形にしていって
ビジネスを組み立てていって、楽しかった
んです。

 

素直になって、没頭できたんです。
ビジネスとの出会いが僕を救ってくれたと思います。

その間、さまざまなセミナーなどに参加したり
色々な人に会っては、学びの繰り返しをしていました。

 

給与や副業で入ってきたお金は、すぐに教材やセミナーに使うようにしていました。
お金や時間を学びに投資をしていました。

気づいたら、ビジネスの世界で活躍している人たちへの
憧れるが強くなっていきました。

 

結局仕事は、あまりの激務に耐えきれず、会社をやめることになったのです。
新しいプロジェクトに呼ばれることになり、さらに激務になるのは目に見えていました。
想像したら、ゾッとしました。

 

10年以上会社にいる先輩をみたら、かなり不健康で糖尿病になりかけている人がいたり、
うつ病になって、会社に戻ってこなかった先輩の姿などをみていた
ので、

 

「ここは僕のいる場所じゃない」
「激務で給与も少ない上、つぎに病気になるのは僕かも知れない」

「そんな未来は嫌だ」という思いで退職を決意したのです。

独立後の大きな不安が降りかかる中、ビジネスの本質に触れた出会い

当初は華やかな独立ではありませんでした。
元々、「僕は起業をしたい」なんてこと思ったこともなかった人です。
起業願望ゼロ人間でした。

 

独立したら、少し天狗になったりする人も多少いるんじゃないでしょうか。
僕の場合は、それはありませんでした。
またお金のないフリータの生活に戻ったら、イヤだし怖いって思いが強かったんです。

 

実際、会社員時代に作り上げたサイトによって、売上が出ていて
生活はギリギリできるレベルではありましたが、お金はかなりカツカツでした。

 

自分が仕組みの中にいたため、
自分が働かないとお金が発生しないもの
だったので。

休む暇なく、作業、作業、作業という連続でした。
だから大変ちゃ大変でした。

 

そんな中、ある懇親会で出会いがありました。
それをきっかけに自分のビジネスに対する意識や考え方がガラッと変わりはじめます。

その出会いをきっかけにその人から
真剣に、そして素直に学ぶようになり、
自分の行っている事業に応用することができたんです。

 

すると、驚いたことに、
売上を3倍以上までのばすことができました。

しかも、さらに外注化して、仕組み化することができ、
気づいたら、9ヶ月ほどで月収は112万を超えていました。

 

独立時もそうですが、
自分の価値観が大きく崩壊したときでしたね。

金無しフリータあがりの使えない会社員が
自分で稼げるようになるなんて思ってもいませんでした。

 

学ぶことで、自分は大きく成長出来たと思っています。
子供の頃に失った自信も徐々に取り戻すこともできています。

その方との出会いから多くの学びがありました。

 

ビジネスの本質は人に価値を提供することにあるということ、
これからの時代、誰でも発信していくべきであるということ。
そこから、アフィリエイトというものも学び始めることになりました。

それがいまの自分の情報発信へとリンクしてきます。

人は学びによって成長できるし、変われるもの

僕はここまでくるのに、順風満帆だったわけではないです。
というか逆に挫折の連続でした。
いままでの話を読んでらっしゃる方はおわかりだと思います。

 

ビジネスとの出会いがあって、それきっかけとなり、
学ぶことで、変わってこれました。

 

また先に言っておきますが、
はじめてインターネットを自宅でやったのは、28歳くらいです。
かなり、遅いほうだと思います。

だって、それまで借金だらけで、インターネット料金も払えるお金もなかったので。。

 

なおさら、キーボードの入力方法もわからないし、
パソコンの操作もかなり苦手という状況から僕はスタートしました。

 

ここまで僕はかなり紆余曲折した人生をつづってきました。
どんだけ貧乏続けてるんだい!?とも思われたと思います。

 

自分がこんな苦しい思いまでして、
長く険しい道を過ごしてきたからこそ、

ブラック会社で働いている人の苦しみや
親からの厳しい教育によって閉ざされてしまった方。
その気持ちすごく理解できます。

 

僕の場合、過去にこのような経験をしてきて、
「こういう思いで生きてきた」ということを表に出さずに生きてきました。
それは単純に怖かったから。

だから情報発信してこなかったんだと思う。

 

今回、自分が変わるきっかけになったビジネスや人との出会いがあって、
自分がこうして成長して変わってこれました。

この僕の経験が一人を救うきっかけになれば、という思いに変わったので、
こうして発信することを決意しました。

 

僕はビジネスと出会うことで、自分を変えていくことができました。
いまは、充実した毎日を過ごし、人生を楽しんでいます。

人生を楽しんでいくためには、お金は必要となってきます。

 

資本主義社会だからこそ、お金をもっている人のほうが
選択肢の多い人生を歩めるようになっています。

何年も貧乏生活を送ってきた僕だからこそ、言えますが、
お金のある人生のほうが、楽しさが圧倒的に桁違いです。

 

お金がないことで、心に余裕がなくなり、ケンカばかりの毎日を送ったり、
子供へも悪影響です(僕自身がモロに悪影響を受けました)

僕だからこそ、伝えられることがあると思います。
ビジネスを通して学ぶことで人生を楽しい方向に変えていってほしいです。

 

ここでは、僕自身これからもどんどん成長をしていきたいと思っているし、
成長することの素晴らしさも伝えていきたいと思っています。

 

その成長を分かち合えたら、どんなに素晴らしいことかと思うし、
人って昨日よりも今日成長できたら、それだけで楽しさが増すんです。
学びが僕を変えてくれたように、その指針となってくれたら嬉しいと思います。

たくとす